ハマの永遠番長に漢の美学を感じた。25年間お疲れ様でした。

三浦大輔

みなさんどうも。ヒダカです。

先日9月29日の登板をもって横浜DeNAベイスターズの三浦大輔選手が引退しました。

僕の好きな球団は横浜ではありませんが、それでも最後に三浦選手が見せた去り際があまりにもかっこよく感じたのでこうして記事にしました。

三浦選手が在籍中に横浜大洋ホエールズ→横浜ベイスターズ→横浜DeNAベイスターズと球団名が変わっていますがこの記事ではわかりやすいように横浜で統一しております。

 

ハマの番長

25年間、通算535試合登板172勝184敗。
負けの数のが多いですが横浜が低迷していた頃もずっと横浜のエースとして投げ続けた姿を見ると数字以上の成績を残していると言えます。
名球会入りするには200勝が条件となるのでおそらく入ることはないと思いますがそれでも十分素晴らしいです。
多くの選手が1軍で出場する機会すらなく終わる中で引退の年までエースとして存在し続けたのですから。

特徴的なリーゼントの風貌などからハマの番長の愛称で親しまれる三浦選手ですが、彼の投球術はストレートなどで強気に押していくタイプではなく意外にも変化球などを駆使しながらかわしていく技巧派のピッチャーです。

三浦選手が在籍中に横浜が優勝したことは1998年の一度しかなく、そのほかの年はAクラスのときもありましたがあとはほぼBクラスで終わっています。
(Aクラスは1位~3位、Bクラスは4位~6位の順位でシーズンが終わること)
現状、横浜で優勝を経験した最後の現役選手です。

一応補足として、今年の横浜は初のCSに出るので今年の最終成績はまだ未確定です。
三浦選手はCSにもなんらかの形で帯同するようなのでもしかすると二度目の優勝を経験することになるかもしれません。

※追記
2016年、横浜は惜しくも優勝することはできませんでした。

 

横浜一筋25年

最近のプロ野球を見ているとひとつの球団に居続ける選手がどんどん少なくなってきていると思います。
もちろん、球団事情に個人の事情もあるでしょうがFAやトレードで球団を渡り歩く選手が増えてきています。
今年も多くの選手が早くもFAで球界を賑わせていますしね。

もちろん、自分の評価をもっと高く見てもらうためにFAなどで他の球団に行くのも大事なことかもしれません。
その中で新人として横浜に入団してから一筋25年。
ひとつの球団で最後まで投げ続けたその勇姿には敬意しかありません。(一度FA宣言したことはあるが横浜に残留している)

 

引退を自分で決めた

三浦選手が引退すると決めた理由の中で次の言葉を発しています。

「勝てなくなったから。先発ができなくなって、勝てなくなったらやめると決めていた」

勝てなくなったらやめると決めていた彼の姿に、横浜を支え続けたエースとしての漢の美学を感じました。

多くの葛藤があったでしょうがこの決断は素晴らしいと思います。
引退を決めるなんて相当の覚悟が必要なはずですからね。

 

愛されていた選手

最後の引退試合では横浜の全選手の背番号が三浦選手と同じ18だったり、ラミレス監督の計らいによりマウンドで交代するなど随所に彼が愛されているなと感じる演出が随所にあって横浜って温かい球団だなと思いましたね。

背番号の18もエースの象徴としてこれからの横浜を背負うことのできるピッチャーに継承していくみたいですし、これだけのことをしてもらえた三浦選手はまさに記録よりも記憶に残る名投手なのではないでしょうか。

 

さいごに

彼の引退会見や最後の試合の映像を見るとうるっときてしまいますね。
特に最後の試合なんて10失点も打たれているのに投げ続ける三浦選手に続投させるラミレス監督、これほど感動する最後が見られるとは思いませんでしたね・・・。
三浦大輔選手、25年間ほんとにお疲れ様でした。

ハマの番長は今度は監督として横浜を引っ張っていくときが必ず来るでしょう!

それではまた!

 

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