プロ野球、外国人選手がつける42番という栄光の背番号

42、ジャッキー・ロビンソン

 

みなさんどうも。

日本のプロ野球では2016年度の現在12球団中7球団で外国人助っ人選手が42番という背番号をつけています。(残りの4球団が日本人で1球団が空き番号)
プロ野球が好きな方ならわかるかと思いますが、新しく外国人が来るとだいたいが空きがあれば42番をつけるという印象を受けるかと思います。

日本人感覚としては42番は縁起が悪い、不吉な数字と感じてしまいますが、外国人選手の特に黒人選手にとっては憧れの背番号なのです。

 

メジャーリーグの常識を打ち破った男

メジャーリーグには黒人選手が多くいますが、昔は白人選手のスポーツとされ黒人選手などいませんでした。
今では考えれられないことですよね。
その常識を打ち破った1人の黒人選手がいます。

ジャッキー・ロビンソン(ジャック・ルーズベルト・ロビンソン)。
この人が全球団で永久欠番となった42番の背番号の持ち主です。

 

ドジャース会長

当然ロビンソンが直接メジャーに乗り込んで野球を変えていったわけではありません。

ニグロ・リーグと呼ばれるアフリカ系アメリカ人を中心とした野球のリーグ戦で野球をしていた彼をスカウトした人がいます。
それがブルックリン・ドジャース(現在はロサンゼルス・ドジャース)のゼネラル・マネージャーのブランチ・リッキーです。
多くの差別との厳しい戦いになるであろうロビンソンにリッキーはこう言ったそうです。

「君はこれまで誰もやっていなかった困難な戦いを始めなければならない。その戦いに勝つには、君は偉大なプレーヤーであるばかりか、立派な紳士でなければならない。仕返しをしない勇気を持つんだ」

こうしてロビンソンはドジャースの傘下のAAAで野球をすることになるのです。
彼はすぐに活躍するとメジャーへの昇格するのですがここからがほんとの戦いの始まりでした。

 

常に紳士であった

黒人の選手がメジャーでプレーするなど耐えられないと抗議されたり、地元のファンからも黒人を使うなと言われ、常に差別との戦いです。
しかし、ロビンソンは腐ることなくずっと野球に対して真摯に取り組んでいきます。

そして彼のその姿に徐々にチームメイトは彼を認めていき、そして誰もが彼の存在を認めていくことになります。
当時、差別がひどかった黒人にとってジャッキー・ロビンソンは光となっていったのです。

彼は新人王、首位打者、盗塁王などを獲得したり、MVPに選ばれるなど非常に野球選手としても優れた存在でした。
ロビンソンの登場がなければ今日における数々の黒人メジャーリーガーが存在することはなかったでしょう。
それほど彼がメジャーリーグに与えた影響は大きいのです。

 

42

これほどの功績を残した彼に報いる形で背番号の42がロビンソンのメジャーデビュー50年目にあたる1997年4月15日に永久欠番となりました。
もちろん黒人選手として初の快挙です。そして永久欠番となったのはドジャースだけでなく全球団です。

そして2004年以来、メジャーでは毎年4月15日がジャッキー・ロビンソン・デーとし、希望選手全員が42番をつけて試合をするという恒例行事となったのです。
アメリカでは二度とつけることのできない栄光の背番号42。
だからこそ、日本に来る外国人選手は背番号42をつけることが多いのです。

「不可能」の反対語は「可能」ではない。「挑戦」だ。

という名言をロビンソンは残しています。
常に差別と戦い黒人がメジャーで野球をやるのは不可能と言われていたのを変えることができた彼だからこそ言える言葉ですよね。

 

さいごに

すべての黒人メジャーリーガーの基礎を築いたジャッキー・ロビンソンはほんとに素晴らしい選手です。

この記事ではさらっとしか書いてないですが彼の歩んだ道を調べるともう凄いとしか言えないですよ。
よくぞここまで差別されながら戦い抜いたなと思うことばかりです。
これほどの選手の背番号ならつけてみたいというのもわかりますね。

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それではまた!

 

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